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中医師・今中健二先生


中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。

学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

中医学からのがんサポート
中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第1回 病は「胃」から始まる

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年1月
更新:2021年1月

「中国伝統医学」という言葉を聞いたことがありますか?

日本では「医学」はおのずと「西洋医学」を意味しますが、世界には多くの伝統医学が存在します。その1つが中国伝統医学。科学的根拠をもとに病を取り除くことを主とする西洋医学に対し、数千年の臨床経験の上に成り立ち、病が生まれにくい体質を作り出すよう働きかけるのが中国伝統医学です。

西洋医学と中国伝統医学は相反するものではありません。互いの強みを生かし、補い合える医療を目指して、本連載では、中国伝統医学の視点で「がん」にまつわるさまざまなことを、中医師の今中健二さんに教えていただきます。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

赤血球とヘモグロビンの数値が教えてくれること

人は「がん」が直接の原因で命を落とすことはありません。人間が死ぬのは、心臓か肺が止まったとき。だから、がんを告知されても、たとえ転移や再発を知らされても、あわてないでほしいのです。

では「がんになる」とはいったいどういうことなのでしょうか。まずはそこから話したいと思います。

中医学では、体の中を気(き)、血(けつ)、津液(しんえき)がスムーズに巡っていれば、体はいい状態だと考えます。気は「元気」と表現されるように目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分、と考えてください。それらが体内を滞ることなく巡っているとき、体は1つの有機体としてしっかり機能しています。

気、血、津液の状態を大まかに知るには、健康診断の血液検査項目にある赤血球とヘモグロビンの値を確認しましょう。この数値が正常であれば、血液がきちんと体内を巡っているということ。気、血、津液は互いに連動しているので、現時点では気、血、津液の巡りに大きな問題はないと考えてよいでしょう。

血液検査にはさまざまな項目がありますが、風邪をひいただけでも数値が上がる白血球や炎症反応(CRP)と違い、赤血球やヘモグロビンはちょっとしたことでは変動しません。つまり、赤血球、ヘモグロビン値が異常に高いときは、血液の流れが何かに堰き止められて滞っている、もしくは、血液量が多すぎて流れにくくなっている、ということ。

そのまま放っておくと、体内での出血をはじめ、さまざまな症状が起きてきます。それがどこで起こるかで、鼻血、下血、くも膜下出血、心筋梗塞など病名が変わりますが、中医学ではすべて原因は1つ。気、血、津液の滞りです。

症状としては出血以外に、血が固まって腫れることもあります。それが体の中で起きると、血液は熱いので周囲の水分が蒸発し、腫れが熱を持って「血栓」になることもあるのです。

食べ過ぎると黄色い膿を持った赤みを帯びた口内炎ができますよね。あれは腫れが体の外に出てきたものです。出血も腫れも、気、血、津液が滞り、熱を帯びた体内環境になっている証(あかし)。そしてこれが、がんを生み出しやすい体質を作っていくのです。

水分の摂り過ぎで血が薄まってしまうと

ここで、中医学的には「がん」が2種類に分けられることに触れておきます。

1つは、先述の血の滞りから熱が溜まった体内環境から作られる熱性タイプのがん。高血圧や糖尿病など血液が濃い状態のときに出てきやすくなるがんで、血液によって赤黒い塊状になることが多いのも特徴です。

もう1つは、体内に水分が多すぎて、水っぽい体内環境から生まれてくるがん。このタイプについても詳しく触れておきましょう。

水分が多すぎる体内環境は、赤血球とヘモグロビンが低すぎる数値として出てきます。これらの数値が低いと「貧血」と判断され、「血液量が少ない」と捉えられがちです。もちろんそうしたケースもありますが、実は水分が多すぎて血液が薄くなっていることも多いのです。その原因は非常にシンプル。水分の摂り過ぎです。そして、これも貧血なのです。

日本では今、「水を飲みましょう」と推奨されこそすれ、「水を控えましょう」と言われる機会はほとんどありません。しかし、考えてみてください。飲んだり食べたりしたものは、まず胃に届きます。必要以上に水を飲み過ぎると、胃が水浸しになり、消化液を薄めてしまいます。すると消化力が弱まり、働き者の胃は消化液をさらに分泌して頑張り続けるのですが、また水分が入ってきて薄まり……ついには胃が疲労してしまうのです。

そうなると、胃はむくみ、溢れた水分は胃の*¹経絡(けいらく)を伝って体中に運ばれ、体内のあちこちで水が溢れてむくみが生じます(図1)。そのむくみが水泡やポリープにもなっていくのです。つまり、水分を摂り過ぎて体のあちこちで生じたむくみが、がんのできやすい体内環境を作ってしまう、というわけです。

図1 胃から溢れた水が経絡を伝って運ばれる場所と症状

中医学ではすべての事象を*²陽と陰に分けて考えるので、前述の熱性タイプは「」タイプのがん、水性タイプは「」タイプのがんと表現します。

例えば、肝臓にできたがんならば、西洋医学では「肝がん」と1つの種類に分類しますが、中医学では、部位ごとの分類はなく、陽か陰かという2種類のみ。逆に言うと、肝臓にできたがんでも、タイプかタイプかで種類が分かれ、対処法も異なるのです。

*¹経絡(けいらく)=中医学では、私たちの体には12本の「エネルギーの通り道(経絡)」があると考えます。それらは、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中を張り巡らされていて、胃の経絡はその1本です。

*²陽と陰=中医学の根本的な考え方。陰陽論では「万物は、陰陽という対立する要素を両方持ち、その割合を刻一刻と変化させながらバランスを保っている」と捉えます。

毎朝、舌を見る習慣をつけましょう

がんであってもなくても、自分自身の体質が陰陽どちらにあるかを判断することはとても大切。それによって、日常的な対処法が違ってくるからです。

今現在、がんを患っているのであれば、西洋医学で治療しながら、同時に、そのがんを生み出した体質を中医学で改善していきましょう。また、がんを克服されたサバイバーの方ならば、中医学を知って、今後、がんを生み出しにくい体質に変えていきましょう。

ちなみに、陰陽は中医学の根っこになる考え方ですが、決してどちらが良いとか悪いというものではありません。単に、性質を分けているだけ。かつ、陰陽はバランスで決まるので、自身の体がどちらにより傾いているかで判断します。

体が陰陽どちらのタイプであるかを判断する手段は「舌を見ること」です。舌と内臓は経絡で繋がっているので、内臓全般、中でもとくに胃の様子がそのまま表れます。つまり、舌はリアルタイムで胃の状態を映し出してくれる鏡といっても過言ではありません。

舌が全体的に赤く、舌苔(ぜったい)が黄色いときは、体がに傾いています。舌の苔は胃酸の分泌状況を示します。黄色っぽい舌苔は、胃酸が出過ぎて胃の中が煮詰まっているということ。熱が籠り、上へ上がっていくので逆流性食道炎を起こすこともあります。これは食べ過ぎで栄養過多になっている場合がほとんどです。また、のときは気力に満ちているので、舌全体が大きめで張りがあるのも特徴です。

対して、舌が全体的に白い苔に覆われて、白っぽい舌になっているときは、体がに傾いています。白い苔は胃の中に消化できない食べ物がずっと残っている状態を表します。いわゆる「胃もたれ」の感じでしょうか。これは、水分の摂り過ぎが原因であることが多く、胃が水で溢れ、むくんでいる状態を示しています。

胃と同様、舌もむくんでボテッと大きくなり、かつ張りが失われるので、舌の側面に歯型がついてボコボコしてくるのも特徴。のときは、舌自体に気力があって中から膨らむので、大きくても歯型はつきません(図2)。

図2 舌でわかる体の状態

舌の状態は、実は体全体、もっと言うと、体内の細胞すべてに起きていることを表しています。舌の側面に歯型がつくタイプの人は、頬杖をついていたら、頬に指の跡がすぐにつきます。内臓も同じで、柔らかくて張りがない。つまり、内臓にものが停滞したら、内臓自体に張りがないので破れやすいとも言えるのです。

強い香辛料で胃を傷めるのがこのタイプ。抗生剤など強い薬にも弱いです。よく「胃が荒れている」と表現されますが、あれは胃の中に擦り傷ができていたり、破れて出血している状態を言うのです。

自身の体の状態を知るために、もっとも簡単で、しかも正確な方法が「舌を見ること」。毎朝起きたら飲食や歯みがき前に、舌を観察してみてください。

食べ過ぎない! 水を飲み過ぎない!

自身の体が陰陽、どちらに傾いているかがわかったら、そのバランスをとるための対策をとっていきましょう。

●赤い舌の熱タイプで、体がに傾いている場合

主たる要因は食べ過ぎの栄養過多です。栄養価の高い肉や甘いものの食べ過ぎで血液が濃くなり、濃縮され、さらに血液量そのものが増え過ぎていることもあります。

「栄養を摂ろう」と頑張っているタイプに多く、野菜も白菜や大根など白いものより、ほうれん草やカボチャといった栄養価の高いものばかりを選んで食べている傾向も。栄養は大切ですが、摂り過ぎは返って毒になることを知って、まずは食べる量を減らしてみてください。

●白い舌の水分タイプで、体がに傾いている場合

まず水分摂取を控えてみてください。これまで、意識的に水を飲むようにしてきませんでしたか? もしかしたら、それは体が求めている水分量を大幅に超えて胃をむくませ、溢れた水が体中を巡って、むくみを起こしているかもしれません。ただし、抗がん薬治療中は多めの水分摂取が必要な場合もありますので、医師に相談してみましょう。

胃から溢れた水分は体中にむくみとして現われますが、とくに足やお尻など下のほうに溜まりやすいのも特徴です。それを上へ上げて、汗や尿として外へ出したいですよね。そのためにはやはり運動が必要です。むくみは、運動をある程度の時間続けることで汗になって出ていってくれます。家の中をちょっと動く程度では不十分。汗をかくぐらいの適度な運動を継続すると効果があります。

ちなみに体内の水分が冷えて固まったものが脂肪。つまり、ウォーキングなどである程度の時間運動して体が温まってくると、脂肪が水分に変わり、液体となって体を循環し、最終的には汗や尿として体外に出ていってくれるのです。

ウイルスから体を守る抵抗力にも

こうして見てくると、人の体を司っているのは「胃」だということがわかるのではないでしょうか。さらに中医学的に言うと、体の要(かなめ)は「胃と脾臓」。胃と脾臓で気、血、津液を作り、体中に分配しているのです。

飲食物を最初に取り込んで消化するのが胃。そして、その消化物をどこにどの割合で分配するかを決める司令塔の役割を果たすのが脾臓です。例えば、あなたは栄養分だから肝臓に行って蓄えられなさい、あなたは水分なので腎臓に行って尿になりなさい、あなたは気なので肺に行って呼吸の原料になりなさいよ、といった具合です。

要である胃が過重労働でオーバーヒートしたり、水浸しになってむくんでしまっては、十分に働くことができず、その影響は体全体に及びます。まずは、自身の体が陰陽どちらに傾いているかを知り、バランスよい状態になるよう対策をとることで、胃が元気になります。それはすなわち、がんになりにくい体質を作ることであり、同時に、体の外から入ってくるウイルスや細菌といった邪(よこしま)なものから身を守る抵抗力にも繋がっていきます。

病は「胃」から。そう意識して、日々、胃を労わって過ごしたいものです。

次回は、がん治療に伴って体重減少が起きたとき、体の中では何が起こっているのか、そして、どう対策すればいいのかについてお話します。(次号へ続く)