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中医師・今中健二先生


中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。

学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

中医学からのがんサポート
中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第9回 家族にもできる、手足の痛みを和らげるマッサージ

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年9月
更新:2021年9月

がん治療中、患者さんが手足の痛みやしびれを日常的に訴えることがあります。そんなとき、近くにいる家族は何かしてあげたいと思うでしょう。けれど、何をどうすればよいのかわからず、結局、見守ることしかないのが現状だと思います。

がん治療中、なぜ手足が痛んだり、しびれたりするのでしょう? そして、その痛みは、どうすれば和らげることができるのでしょうか。今回は、がん治療中によく起こる手足の痛みやしびれのメカニズムを解き明かしつつ、その痛みを少しでも解消するために、いちばん近くにいる家族が患者さんにしてあげられるマッサージ法を紹介します。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

家族にはできることがある

がん治療中の症状はいろいろありますが、中でも患者さんの訴えに多いのが腕や脚の痛みやしびれです。近くにいる 家族としては、何とかしてあげたいけれど何もできず、つらくなることも多いようです。

中には、がん治療中にマッサージをすると、「がんを刺激して転移させてしまうのでは……」と不安に思い、マッサージはおろか、体に触れることすら怖がる方もいると聞きますが、そんなことは決してないので大丈夫です。そもそも、がんの原因は細胞の劣化。マッサージを正しく行えば、がんがあちこちに飛び散るなんてことはありません。

ただ、がんがある場所をゴリゴリとマッサージしてしまったら、飛び上がるほど痛いので、それはやめましょう。つまり、「〇〇がん」と言うときの「〇〇」に当たる場所とその近辺にアプローチするのは控えたほうでいいですね。

そういう意味では、お腹や胃の近辺は触らないほうがよいケースが多いですが、逆に、手足は安心してマッサージしてあげられる部位です。実は、この手足の痛みやしびれに対しては、医療者でもプロの介護者でもないご家族にも、できることがあります。つらい症状をご家族の手で和らげる手段があることを知って、ぜひ実践してみてほしいと思います。

家族:血縁にこだわらず、患者さんのそばにいる人という意味で「家族」と表現しています

手足の痛みはなぜ起きる?

痛みやしびれを引き起こす要因は、一言でいうと「血流の滞り」です。

血流が滞る主な原因は、むくみ。大きな血管(動脈や静脈)の近くでむくみが生じると、そのむくみが血管を圧迫して血液が流れにくくなるのです。むくみが発生しやすい場所は、脚の付け根、骨盤の中、そして、腕の付け根(脇)です。

脚の付け根は、座り仕事が多いなど通常の生活でも、むくみが起こりがち。がん治療と関係なく、脚の痛みや冷えといった症状を持つ人が多いのは、脚の付け根付近のむくみに端を発することがほとんどです。抗がん薬治療でむくみが助長されると、その影響はさらに大きくなるわけです。

一方、腕の付け根、つまり脇がむくむというのは、日常生活ではあまり見られませんが、抗がん薬治療中にはよく起こります。

動脈付近のむくみが引き起こす痛み

大切なのは、むくみが原因で起こる「血流の滞り」には2つのパターンがあるということ。言い換えると、手足のどの部分で血流が滞るかによって、症状も対処法も違ってくるので、これから説明する2つのパターンを理解して、それぞれに合った対処を心がけてください。まずは、1つ目のパターンを、脚を例にして見ていきます。

脚の付け根から足先に向かって流れる動脈の近くでむくみが生じて血管を圧迫すると、そこで血流がせき止められて、その先に十分な血液が流れなくなります。頻発するのは、脚の付け根付近。付け根から足先へ向かうスタート地点の動脈近辺です。山道の途中で土砂崩れが起きるとそこから先へ進めなくなるイメージですね。

とはいえ、血液は液体なので、完全に流れなくなるわけではなく、チョロチョロとは流れます。この場合は軽い痛みか、しびれが起きることが多いでしょう。これが痛みの1つ目のパターン。ちなみに、人間の体が感じる不快感は、極端に言うと「痛み」だけ。痛みの軽いものが「しびれ」、しびれのさらに軽いものが「かゆみ」です。

足先へ向かう動脈のスタート地点付近にむくみが生じて血管を圧迫する1つ目のパターンでは、その先の血管を流れる血液が減ってしまうため、まず足先が冷たくなります。さらに血液が流れなくなると栄養も不足してくるので、皮膚表面がカサカサしたり、たるんでシワシワになることも。さらに長時間その状況が続くと、脚がやせ細っていくこともあるでしょう。そうした症状から、動脈のスタート地点で〝土砂崩れ〟が起こっていることを見分けますが、何より分かりやすいのは、このパターンの場合、患部を揉んであげると患者さんが「心地よい」と感じることです。

〝土砂崩れ〟が起きている場所(むくみが血管を圧迫して血液をせき止めている場所)から足先にかけてを、進行方向に向かって血液を押し流す気持ちでマッサージすると、むくみの解消とともに、血液が流れ始めます。マッサージする人の気力を入れてあげるような気持ちで、じっくり、ゆっくり押し流すイメージです。

脚全体は本人には手が届かないので、ぜひご家族がしてあげてください。大切なのは、血液の流れを促すように、血管の方向に沿って、経絡の向きに沿って、ゆっくりと押し流すつもりで手を動かすこと。具体的なマッサージ方法は、動画とともに後ほど説明します。

経絡(けいらく):気血が流れるエネルギーの通り道。経絡は全部で12本あり、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中に張り巡らされている

むくみが引き起こす血流の渋滞

痛みの2つ目のパターンは、血流がせき止められる場所が、静脈の場合です。

脚の付け根から足先まで動脈を通って順調に血液が流れ、今度は足先から静脈を通って付け根に戻ってくるわけですが、その途中にむくみが起きて血流をせき止めてしまうことがあります。とくにむくみやすいのが静脈のゴール地点に近い、やはり脚の付け根付近。ゴール付近に生じたむくみが静脈をせき止めてしまうと、脚全体の血流に渋滞が起きるのです。血液が流れたいのに、パンパンに詰まって流れない。そのとき、強い痛みが起こります。

このときは、1つ目のパターンとは現れる症状も違います。血液が流れようとしても流れる余地がないため、とにかく痛い。リウマチや片頭痛の痛みと似ていて、ズキンズキンと響くような熱感のある痛みです。血液の渋滞が原因なので、脚全体が赤黒くくすみ、足裏のシワや指、爪周りが黒ずんでくることもあります。そして、どこを揉んでもさすっても、とにかく痛いのが特徴。流れたいのに先が詰まって流れることのできない血管を刺激したら痛いだけなので、マッサージはNGです。

この場合は、静脈を圧迫している脚の付け根付近のむくみを少しでも流してあげることが先決。揉んだり摩ったりするマッサージではなく、別の方法でむくみ解消を目指します。具体的なマッサージ法は、後述します。

ここまでは、むくみを原因とする2種類の足の痛みについて、その痛みが起こるメカニズムと症状の違いを見てきました。読んでいて気づいた方もいると思いますが、この2パターンの違いは、圧迫されてせき止められる血管が、足先へ向かう動脈のスタート地点か、足先まで行って戻ってきた静脈のゴール地点か、の違いです。そして、そのどちらも足の付け根にあるのです。

つまり、動脈のスタート地点と静脈のゴール地点の場所は非常に近く、むくみが起きた場所が、たまたま動脈に近かったか、静脈に寄っていたかで症状が全く違ってしまうというわけです。

腕のマッサージ法、内側からスタートして外側を戻る

2パターンの痛みのメカニズムを知ったところで、いよいよ家族ができるマッサージ法を、パターン別に紹介していきたいと思います。

まずは1つ目のパターン。動脈付近で〝土砂崩れ〟が起きてその先に血液が流れづらくなっているときのマッサージ法から説明します。

腕は、付け根の内側(脇)をスタートして指先へ向かい、指先から腕の外側を通って肩側の付け根に戻ってきます。マッサージするときにぜひ実践してほしいのが、3回に分けて行うこと。腕には経絡が3本走っているので、1本ずつ、3分割して行うのが効果的です。

まず1本目は付け根の内側の上部分をスタートして親指に向かって、進行方向に血を流すように、じっくり、ゆっくり、マッサージします。2本目は付け根の内側の中央部から中指へ向かい、3本目は同じく内側の下部分をスタートして小指に向かって、ゆっくり流すようにマッサージ。

指先から腕の付け根に戻るときも同様です。1本目の帰りは、親指から腕の外側の上部分を通って肩を経由し鎖骨に向かいます。2本目は中指から腕の外側の真ん中を通って肩甲骨に向かい、3本目は小指から同じく外側の下部分を通って脇に向かってマッサージしていきます。

マッサージするときは、血液を進行方向に押し流すイメージを持ってください。表面だけでなく、深いところまで流したいので、「流す」ではなく、「押す」でもなく、「押し流す」です(動画1)。

■動画1 経絡に沿って、血流を押し流すマッサージ 腕&脚

脚マッサージも3分割で

脚の経絡も3本走っているので、同様に3分割してマッサージします。ただし、経絡の流れる向きが、腕と脚は逆なので注意しましょう。脚は付け根の外側からスタートします。直立姿勢をとったときの脚の外側(側面)と内側を意識してください。

1本目は付け根の側面の前側をスタートして太腿、膝のお皿を通って脛(すね)、そのまま足首、足先へ。そこから足の内側へ移動し、内側の前側を戻ります。親指を出発して脛から膝を通り、鼠径部に向かって、内股の前側を付け根に向かって優しく流してあげます。

2本目は付け根の側面の真横をスタート。ズボンの縫い目に沿うように太腿、膝下、足首まで行き、戻りは足裏の土踏まずから、脚の内側の真ん中を付け根に向かって戻ってきます。

3本目は側面の後ろ側をスタート。お尻の座骨神経から始めて太腿、膝裏、ふくらはぎをマッサージしますが、ここはとくに気持ちいいことが多いので、時間をかけてあげるといいと思います。ふくらはぎから足裏へ。そこから帰りは脚の内側へ移動し、内側の後ろ側、かかとからアキレス腱、膝裏を通って、肛門に向かって押し流します(動画1)。

これは血流を流すマッサージなので、マッサージが難しい状況の場合は、足浴や、タオルをレンジで温めて足の付け根や膝裏、ふくらはぎを温めてあげるのでもよいですね。

血流の渋滞にマッサージは禁物

2つ目のパターンの痛みは、全く違うアプローチになります。

これは進行方向の先でむくみが起きて血管がせき止められ、血液が渋滞を起こして流れなくなっていることが痛みの原因。ですから、マッサージをしてしまうとパンパンの血液をさらに押さえつけてしまうので、痛いだけ。患者さんが痛がるときはこちらのパターンなので、決して無理やりマッサージしないでください。

この場合は、渋滞の原因となっているむくみそのものを散らすというアプローチです。腕ならば、肩関節をゆっくり回してあげましょう。自分で回してもよいですが、ご家族が腕を持って付け根から回す手助けをしてあげるのもよいですね。また、バンザイの状態で腕を持ち、小刻みに振ってあげるのもよいでしょう。腕の付け根(脇)で凝り固まっているむくみを柔らかくして、流すイメージです。抗がん薬治療はとくに脇にむくみを作りやすいので、腕のストレッチは効果的です(動画2)。

むくみそのものにアプローチする方法

血流が渋滞することで起こる脚の痛みも、腕同様に抗がん薬治療が原因で頻発します。動脈は順調に流れていて、脚自体の血流は悪くなくても、血液が付け根に戻ってきたとき、鼠径部や肛門周辺、または骨盤の中でむくみが固まって静脈を圧迫してしまうケースが少なくないからです。すると、夜になると脚がむずがゆくなったり、うずくような痛みが続いて眠れないといった症状が現れます。

そんなときも、揉みほぐすマッサージは禁物。痛みが強くなるだけです。この場合も痛みの原因になっているむくみにアプローチするのが先決。まず、仰向けに横になった患者さんの膝を曲げて、カエルの脚の形にします。平泳ぎの仰向けスタイルと言ったらいいでしょうか。施術者が持つのは膝部分。患者さんに痛みがないことを確認しながら、片足ずつ、股関節をゆっくり、大きく回してあげます。そうすることで、凝り固まった脚の付け根や股関節が少しずつ柔らかくなって、静脈を圧迫しているむくみが流れていってくれるのです。必ず片足ずつ行いましょう(動画2)。

■動画2 「むくみ」を流して血液の渋滞を解消するマッサージ 腕&脚

こうして静脈付近のむくみが解消されると血液が流れ始めるので、血液の渋滞が解消されて痛みが和らぐと同時に、今度は、マッサージしてもらうと心地よいと感じられるようになっていきます。

実は、股関節を柔らかくするこのストレッチは、むくみが静脈を圧迫している2つ目のパターンの患者さんだけでなく、動脈を圧迫している1つ目のパターンの方にも効果的。腕や脚の血管は、動脈のスタート地点も静脈のゴール地点も付け根であることに変わりはなく、むくみが起きている場所も非常に近いと考えられるからです。

家族にとって、体の痛みやしびれなど、さまざまな不調を訴える患者さんを前に、何もできず、ただ寄り添うしかないという状況は想像以上につらいことです。だからこそ、患者さんの痛みを少しでも和らげる手助けができることは、マッサージしてもらう患者さんのみならず、実は家族にとっても安堵をもたらすものだと思います。ぜひ、患者さんの痛みに寄り添い、そして自らの手で和らげてあげてください。(次号へ続く